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田畑昇人のFXブログ

【書評】エンデの遺言

書評   

エンデの遺言

「エンデの遺言」を読みました。

エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと (講談社+α文庫)
河邑 厚徳 グループ現代
講談社
売り上げランキング: 10,568

 

事例や寓話を交えながら「暴走するお金」の正体を探る。

『モモ』の作者が遺した、お金の常識を破る思想。

「リーマンショックを予言した奇跡の書」とも言われています。

 

エンデの遺言まとめ

・「格差」をついて自己増殖するマネー

マネーの自己増殖は利息・利子の超複利的運動によってもたらされる。「利が利を生む」サイクルを一層膨張させる手法は、ヘッジファンドやデリバティブ(金融派生商品)の出現に至って極点に達した。
これらの要因によって各国に金融危機が起こったことは周知の事実である。そして、ヘッジファンドはそれが成り立つ条件そのものの中に本来的に非道徳性を組み込んでいる。それは僅かな自己資金・有価証券などを担保に金融機関から巨額の資金を引き出し、その合計額を担保にしてさらに資金を大きく借り入れる、それを繰り返せば最終的に運用可能資金は膨らみ、その力は容易に新興工業国の国力を凌駕できるであろう。てこ(レバレッジ)の原理と言われる由縁である。
では、そのようにして調達された巨大マネーはどう運用されるのであろうか。実のところ、ヘッジファンドが享受してきたあまりに高い利益の源泉は、世界に存在するありとあらゆる種類の「格差」である。特に貧富の格差、すなわち人々の生活の格差の間隙をついてマネーの利益チャンスは無限に広がっていく。それらの格差を生み出すものはそれぞれの国を隔てる経済的発展段階の相違に由来する格差であり、「格差が格差を生む」構造こそが「利が利を生む」マネーの運動を可能にし、高度の利益の源泉としてマネーを支えている事が分かる。全体として国際短期投機資金の総額が、標的とする相手市場より巨大であればあるほど、市場に与えることのできるパンチ力も強烈なものとなり、利益は膨張するのである。すなわち、マネーの運動がもたらすものは、貧しい国(人)から富める国(人)への資源の移転である。

 

・人類はこの惑星上で今後も生存できるか

貨幣はもともと金貨や銀貨のようにそのもの自体に価値があった。
そしてルネサンス時代にヴェネチアで始まった近代的な意味での銀行を経て、紙幣の発明まで歴史は流れ、今日ではお金とは抽象的な大きさにすぎなくなっている。
紙幣すらだんだんと姿を消し、今日動かされているのはコンピューターの単位、まったく抽象的な数字と言える。
紙幣の発明で問題が生じたのは、紙幣が好きなだけつくれるからである。金塊ならば好きなだけ増やすというわけにはいかない。
金銀に不足した王様は、軍隊に給料が払えず、弱小化した。
周知のように、ローマ帝国の滅亡もこのことが主な原因である。

本格的な経済の発展は紙幣の発明によってもたらされた。
しかし、同時に新たな問題をも引き起こした。
ロシアのバイカル湖では、紙幣が導入されるまでは人々はよい生活を送っていた。
日により漁の成果は異なるものの、魚を採り自宅や近所の人々の食卓を彩っていた。
毎日売れるだけの量をとっていたのである。

それが今日ではバイカル湖の魚は最後の一匹まで採り尽くされてしまった。
これは、ある日紙幣が導入されたことに端を発する。
それと一緒に銀行のローンもやってきて、漁師たちはローンでもっと大きな船を買い、さらに効率がよい漁法を採用する。
冷凍倉庫が建てられ、採った魚はもっと遠方まで運搬できるようになった。
そのために対岸の漁師たちも競ってさらに大きな船を買い、さらに効率が良い漁法を使い、魚を早く、たくさん採ることに努めた。
ローンを利子つきで返すためにそうせざるを得なかったのである。

そのため、今日では湖に魚がいなくなってしまった。

競争に勝つためには、相手より、より早く、より多く魚を採らなくてはならない。
近代経済、なかでも貨幣経済が自然資源と調和していないことが分かる一例である。

現在大きな利を得ているのは、非良心的な行動をする人たちで、件の農夫のように短期的利潤のために、土地を破壊するような行動が利を得るのである。
四年に一度は畑を休ませ、化学肥料を使わず、自然の水利を使ってという責任感の強い農夫は経済的に不利になる。

つまり、非良心的な行動が褒美を受け、良心的に行動すると経済的に破滅するのが今の経済システムである。

 

・お金の錬金術

今日の貨幣経済に対する認識として、お金は一種の錬金術的なものである。
お金をつくりだし、増やしていくのは錬金術のやり方に極めて似ている。
通貨を印刷し、さらに利子がそれを増やしていく。

そのお金が一人歩きして、自己を食いつぶすように自然環境やモラルを破壊していく。
結局、将来に生じる利益を今受け取っている。
豊かさが存在する一方で、環境が搾取され破壊されるという否定的な面を見なければならない。
我々は将来を「輸入」して、今を生きている。そのために環境を消費し、資源を食いつぶしている。

 

・一枚の金貨の2000年後の利子

利子システムの矛盾を、図表1と図表2を用いて述べる。
図表1の曲線Aは、自然界の成長行動を単純化した形で示している。
私たちの体も、植物も動物もこの曲線に従って成長する。
曲線Bは、機械的成長ないし直線的成長を示している。
すなわち、人間が増えれば商品も増え、石炭が増えればエネルギーも増えるといった関係である。
このような同じ割合での増加ですら限られた容量の地球上では、維持不可能であることに留意する必要がある。
重要なのは指数的に、倍増する割合で成長する曲線Cである。
この曲線は、最初の曲線Aの対極をなすものである。
指数的な成長を示す曲線Cでは最初非常にゆっくりと増加し、やがて着実に増加して、最後はほとんど垂直な傾きの量的増加に移行する。
自然界においては、こうした成長は通常、病気や死に関わるところでみられる。
例えば、癌などの病気がこの指数的な成長に従う傾向がみられる。

だから、たいてい癌を発見したときは、もはや治療は不可能となっている。
利子が利子を生む複利というのはまさにこの指数的な成長を示す。

このまま利子が膨れ上がっていくとしたら計算上、遅かれ早かれ2世代後には経済的な破滅か、地球環境の崩壊かのいずれかへ突き当たる。
そして、この経済システムの最大の債務者は国である。資金を借金によって調達し、それに対して利子を支払っている。
国はこのシステムの最大の当事者と言える。そして勿論、もう一方には資産の所有者がいる。

このシステムから利益を得ているのはほんの一握りである。一方で、どんどん貧しくなる国(人)があり、自然環境も奪われ続ける。
その一方で少数の者たちが、法外な利益を吸い上げていく。それが今の経済システムである。

ennde1

ennde2

 

・安定したお金のシステムとは

この経済システムのなかで生活している限り、我々は常に利子を支払わなくてはならない。
たいていの人は、借金をしなければ利子を支払う必要がないと思っている。
しかし、我々の支払うすべての物価に利子部分が含まれている。
商品やサービスの提供者は、機械や建物を調達するために銀行に支払いをしなければならない。
その銀行への支払い部分が物価に含まれている。

この経済システムの重要なことは、このシステム自体はお金が価値を減らさないという前提にたって成り立っているということである。
ここでは、お金を貨物列車の車両に例える。貨物列車の車両は、物を運ぶところに使い道があるわけである。
本来の輸送ということに車両を使用する分には、料金を支払う必要はない。
逆に荷物を積んだままにしておくならば、当然、特別に管理料を支払わなければならない。

お金も同じで、使わないで貯めておくのは、車両に荷物を積んだままにしておくのと同じであるから、管理料をとるべきである。
貨物の車両が使われないときには、戻される。
お金の場合でいうならば、中央銀行に戻されるということである。
ということは、いつでも手元にあるのは、必要なだけの車両であり、それによってそれなりの分野における資産が運用される。
このシステムならば、これまでのように必要以上にお金をもっている人が仕事もせずに金利だけで生活するということはできなくなる。

 

・物々交換の不都合とお金の特権

歴史を見れば、お金の導入が社会に分業の発展をもたらした。
その理由は取引が物々交換に比べてより簡単かつ円滑に行えるようになったからである。

交換の仲立ちとしてお金が回っていればいいが、余裕のある貨幣保有者が出現して、お金を「蓄える」ことができると、そうしたひとは社会にお金の不足を作り出すことができる。
そして、彼らはお金を貸し付けることで利息を取り始める。
一度利息をとって貸し付ければ、貨幣保有者はさらにお金をかき集めようとする。
これは経済の機能を阻害することになる。
例えて言うならば、道路の真ん中に車を止めて通行を妨害し、妨害を辞めて欲しければ、自分に利子という料金を払えと言っているようなものである。

 

・問題はお金の循環の停滞

我々の経済システムにおいて、貨幣は人間身体にとっての血液と同様の機能をもっている。

生命に必要なあらゆる機能が果たされるために、血液循環が保証されなくてはならない。
貨幣についても同様である。貨幣は流通させる必要があるのだ。

そして、利子は国民が生産したすべてに対する先取りである。

例として椅子取りゲームを考えてみることにする。
音楽に合わせて椅子の周りを人が回り始め、音がやむと、皆が椅子に座ろうとする。
しかし、椅子は一つ足りないのである。この足りない椅子は利子で取り去られた分である。
一人社会から落伍者がでることになる。そして、また音楽は鳴り始めゲームは再開される。
そしてまた落伍者がでて、ゲームは続くのである。

たとえ、いま自分がうまく座れたとしても、それは誰かが脱落しているからであり、いつ自分がその目にあうかは分からない。
そして、現貸し付け利子は複利であった場合、取り去られる椅子が音楽が鳴り始める度に多くなっていくのである。
実際長期の貸し付けは複利が多く、多くの人が債務の奴隷になって、人生を抵当にいれてしまっている現実を見ればよくわかる。
これは、死のゲームであり、人々は死のゲームをしながら生きていくことを強いられている。

 

・生活や実体経済に打撃を与えるお金

現在世の中のお金は何によっても担保されているわけではなく、ただ信用だけで成り立っている。
そして今日、お金は投機の手段として異様な姿を表している。
世界中の金融システムが貸し借りを繰り返し、莫大な資金が金融システムのなかからひねりだされるようになった。
こうした資金は繰り返される通貨危機でもわかるように一国の経済などひとたまりもなく吹き飛ばして、国民生活を危機に陥れる。

お金の市場は(資本市場)がほとんどの国で自由化された。お金(資本)より高いリターン(収益、儲け)が得られる経済を探して流れていく。
その経済がうまくいかなくなるリスク(危険)を抱えていても、もっと儲けたいということで動いていくものである。
お金はその国のお金(通貨)に変えたり、その国の銀行に預金される(預金通貨)ことになる。
そうするとその国のお金の量(マネーサプライ)が増える、つまりお金が膨張することになる。
お金の量が増えると、お金の出し手が増えるわけで、貸し出し競争からお金を借りる時の費用、つまり利子が下がることになる。
お金をもっていても利子という収益があまり期待できなくなるので、お金持ちはお金以外の資産に変えようとする。
そうすると、そうした資産の価格が上がることになり、その国の評判を良くする。
そしてその国の通貨の値段が上昇し、外国から輸入を行う場合に有利になる。

お金が外国から入ってくると、こういういいことが起こる。
しかし、これはその国の人が自分たちで手に入れた好調な経済ではない。
外国から入ってきたお金をもっているひと(投機筋)などはかなり強欲なので、いつでももっと儲かるところがあれば、すぐにそこにお金を移してしまう。
そうなるとその国のお金の量が減ることになる。

減るとどうなるかというと、利子率が上昇する。全く逆のことが起きるのである。
利子が上がるとお金を借りて事業をしている人は利息の負担分が増えるわけで、事業がうまくいかなくなる場合もでてくる。
これにより、雇用の減少が生じることになる。
経済がうまくいかなくなると、その国の通貨の値段が安くなる。
そうなると、輸入では同じものを買うにも余計に支払う必要がでてきて、貿易赤字が増えることになるであろう。

このように、現在の貨幣システムでは莫大な資金の投機行為が日夜行われることによって、様々な弊害が生じているのが現状である。

 

・プラス利子のお金の仕組みがすべてではない

人類は常にプラスの利子のつく貨幣システムで生きてきたわけではない。

古代世界では、エジプトは世界の先進国であり、ナイル河流域は広大な穀物地帯であった。
当時のエジプトでは減価するお金のシステムを採用していた。
農民は穀物を収穫すると、それを保管するために備蓄庫にもっていった。
そこで、納入した穀物量と引き渡し日が焼き込まれた陶片を受け取る。こ
の陶片は穀物の受領を証明するためのものであったが、同時にお金としても使われた。
これは倉庫に収められた穀物によって担保されるお金であった。

当然、穀物はネズミなどによる食害や保管費用などが生じる。したがって、その担保物の減価率をそのお金も反映しなくてはならない。
これはマイナスの利子のお金であったといえる。
農業者はこのお金を貯めておいても損なので、別なモノの形で自分の豊かさを維持しようとした。
当時の農民は、そこで自分の豊かさを灌漑施設の整備や土地の改良などに注ぎ込んだのである。
豊かさはお金の形でもたず、自分たちに長期的な利益をもたらすものに投資したのである。
したがって、ナイル河流域は豊かな穀物地帯となったのである。
これは、ローマ人がエジプトを支配し、プラスのお金のシステムを強制するまで続いたとされている。
つまり、この貨幣システムの終焉により、エジプトの繁栄も終わったのである。
同様の例は中世のヨーロッパにもみられる。

ここにみられるのは、もしお金がマイナスの利子システムのもとにおかれるならば、社会が実現した富はなるだけ長期的に価値が維持されるようなものに投資されるということである。
これと対照的に、プラスの利子の場合には、より短期の利益をあげるものへの投資が優勢になる。

よい例は日本の林業である。
なぜ日本の森は死に、そしてそれが海の砂漠化といわれる磯焼けを引き起こすまでになっているのであろうか。
それは今のお金のシステムだと、林業が割にあわないからである。
木を切って売り払ったお金で別の短期的な利益をあげるものに投資した方が有利だからである。

エジプトや欧州に旅行し、古代の遺跡や中世のカテドラルを見物したことのある人は多いことであろう。
数千年、数百年後の人間が見るに値するものがそこには残っている。

今、私たちは1000年後の人間が見るに耐えるものを作り出しているのであろうか。
20年たったら壊れるような住宅やビル、10年もつかどうかの自動車、すべては私たちの、利子の存在ゆえに短期的な利益をあげていかなくてはならない仕組みのなかで成立している。

息の長い価値あるものは作られず、他方で浪費の果てにゴミの山が吐き出されている。
これが現代社会の貨幣システムがもたらした結果であるといえよう。

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